決してぶれない「師弟共戦」世代から世代へと・・・2009年8月20日 名字の言   

2009年 08月 20日

 豊臣秀吉が淀川の治水のために建設した「文禄堤」。後に大阪と京都(伏見)を結ぶ最短コースの道「京街道」として整備された。今も石垣のようになった堤の跡が、大阪の守口市駅(京阪本線)の周辺に残っている

 この街道、江戸時代には道中奉行が管轄する幕府の主要路の一つに。守口市本町付近には、当時の街道の宿場の面影がある。文禄堤の完成後、守口は交通の要衝として栄えた

 広宣流布の前進においても、守口は関西の「要」である。平成元年(1989年)2月、関西を訪れた池田名誉会長は、守口こそ「常勝の守り口」、関西を牽引する要と讃えた

 その原点は、昭和54年(79年)4月24日。守口市内で行われた大阪本部長会。この日、突然の「会長辞任」。だが、皆の心は一つだった。「関西の私たちにとって、師匠は池田先生しかいない!」。守口の地で刻まれた正義の誓いから、学会の反転攻勢が始まったのである

 以来30年。「師弟共戦」こそ信心の要――この一点が決してぶれないのが「常勝関西」だ。広宣流布の激闘の中にあって、その魂は、世代から世代へと受け継がれてきた。ここに関西の強さがある。わが胸中に「師弟の誓願」が燃えている限り、「常勝の城」は永遠に不滅である。(芯)

2009年8月20日 名字の言 聖教新聞

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