無我他彼此「聖教新聞創刊原点の日」声で、活字で、自身の主張を・・・2009年8月22日 名字の言   

2009年 08月 22日

 大阪市立美術館で開催中の福澤諭吉展を観賞した。諭吉は現在の大阪市福島区の生まれで、同市北区に墓所がある緒方洪庵に学んだ。“庶民の都”に縁が深い

 揮毫の右肩に捺す印に「無我他彼此」とあった。「がたぴしなし」と読み、人間関係などの円満さを表している。「我他彼此」には仏教思想が根底にある。あらゆるものが互いに依存し合っている本質を見失い、我と他、彼と此を対立的に見る愚行を戒めている

 諭吉といえば「独立自尊」が信条だが、決して孤立はしなかった。書の左下の落款印(雅号の印)には「三十一谷人」と。「三十一」を1字にすれば「世」(卅と一)になり、「谷人」は“人偏に谷”で「俗」――「世俗」である

 日々、世の人々に交わり、時に導き、近代化を推進した偉人が重んじたのが、「演説」と「新聞」であった。英語の「スピーチ」を「演説」と訳し自ら率先して実践した。日刊紙「時事新報」も創刊。声で、活字で、自身の主張を繰り返し展開した

 間もなく、8・24「聖教新聞創刊原点の日」。スピーチや随筆など、紙上に躍動する池田名誉会長の言葉に呼応し、言論の力を思いっきり発揮しよう。そして、わが使命の舞台で、歴史を開く対話の道を貫き通していきたい。(杏)

2009年8月22日 名字の言 聖教新聞

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