身体と言葉と心「現在」という確かな一点から未来を開く・・・2009年9月22日 名字の言   

2009年 09月 22日

 仏教で説く「業」は、一般的に、変えられない、固定的なものと考えられている。「業が深い」「自業自得」など、いずれも悪い意味で用いられることが多い(中村元編『仏教語源散策』)。そこから、宿業といえば、「あきらめ」というイメージがつきまとっているのだろう

 だが、本来の「業」という言葉は、「行為」という意味だ。身体と言葉と心の三つによる行為(身口意の三業)で、これから未来を、どう築きあげていくかに力点が置かれている

 過去を振り返り、過去に縛られるのではなく、「現在」という確かな一点から未来を開く。日蓮大聖人の仏法は、宿命転換を実現する「希望の宗教」である。御書に「仏は一念随喜の功徳と説き給へり」(466ページ)とも示されているように、一念という「現在の生命」に仏の境涯を開いていくことで、歓喜を涌現していけるのである

 東京大学の社会科学研究所は「希望学」を創設した。発起人である玄田有史教授は、実施したアンケートの結果から、「挫折を乗り越えた先にこそ希望がある」と指摘している(『希望を語る』東京大学出版会)

 失敗、挫折を克服した経験があればこそ、希望は輝く。どんな境遇をも、強い心で、好機へと転じていきたい。(悠)

2009年9月22日 名字の言 聖教新聞

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