油断を排し、いつも「さあ、これから」と、惰性を打ち破る・・・2009年10月5日 名字の言   

2009年 10月 05日

 「私はまだ『これが自分の小説である』と言えるほどのものを書いていない」(「朝日新聞」昭和37年3月1日付)。作家・山本周五郎が自らの小説に対して綴った所感である

 『赤ひげ診療譚』『樅ノ木は残った』など、数々の名作を発表した後のことである。周五郎は「すべては『これから』のことである」と強調する。彼の心には「これまで」に書いてきたものに関心はなかったのである

 「生涯一書生」を座右の銘とした作家・吉川英治も、常に前を見つめ、高みを目指した。「小さな山の頂へ、ドッカと胡床をかいてしまうようなことになっては、もう人間もお仕舞である。進歩も発展も何も彼もなくなる」(『われ以外みなわが師』学陽書房)

 二人の文豪の生き方は、仏法の「本因妙」の精神にも通じよう。今が順調であれ、逆境であれ、そこを出発点として未来へと前向きに生きる。「いよいよだ」と挑戦を重ねていく。この建設的な姿勢こそ、本因妙の仏法である

 人は過去の栄光に安住する自身に、なかなか気づかないものだ。そこに慢心が忍び寄る隙が生まれる。だからこそ、慢心を打破する地道な実践が大切になる。油断を排し、いつも「さあ、これから」と、惰性を打ち破る日々でありたい。(芯)

2009年10月5日 名字の言 聖教新聞

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