注意を払う“とげ”鈍感、無関心では、だめ・・・2010年1月31日 名字の言   

2010年 01月 31日

 幼児が泣き止まない。いくらなだめても、らちがあかない。強情な性格なのかしら? 乳母は、あれこれ推測をめぐらせる。ほどなく産着に刺さった「ピン」に気づく。実はそれが原因だった――。フランスの哲学者アランが記す、日常よく見られるトラブルの一例である(『幸福論』白井健三郎訳)

 人と人との関係においても言えよう。心ないひとことが“とげ”となって、互いに疎遠となることも。しかも、言った本人が、そのことに気づいていない。そんなケースも少なくない

 「民主主義とは注意を払うことである」と、宗教社会学者のR・N・ベラーは言う(『善い社会』中村圭志訳)。友の安否に注意を払い、世の中の動きにも注意を怠らない。そして誠意をもって、他者とかかわり、語ること。鈍感、無関心では、だめなのだ

 若いころ、池田名誉会長は「レントゲン」と呼ばれた。相手の心の奧を見通し、的確に、徹して励ます。これも、友の幸せを断じて実現せんとする、大いなる責任感ゆえであろう

 アランは言う。――人がいらだったり、不機嫌だったりしても、それに対して理屈をこね上げ、“あの人の性格はこうだ”などと安易に決めつけてはならない。まずは「ピンをさがすがいい」と。(栄)

2010年1月31日 名字の言 聖教新聞

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