一人一人を“投げやり”から目覚めさせていく・・・2010年3月9日 名字の言   

2010年 03月 09日

 「こう苦しいほどなら、世の中も、いっそ大きく変ってしまえ。今のかたちでなく変るなら、どう変ろうと、変った方がいい」

 『新・平家物語』(吉川英治著、講談社)の一節である。“おごる平家”に不満を募らせた大衆は、贋銭の流通や天候不順による不況も、原因不明のはやり病も、すべて平家のせいにして、「もう、どうでもいい」と投げやりな態度になっていた、と文豪は描く

 源氏と平氏という2大勢力による権力争いの結果、国の権力者は交代した。しかし、その結果は、どうであったか。その後も戦乱が打ち続き、民衆は置き去りにされたままだった

 そんな人々の苦しみが頂点に達した時代に一人立たれた日蓮大聖人は、「立正安国」を叫び抜かれた。「国」は為政者のものではなく、そこで暮らす人たちのものである。国の「かたち」を変えるだけでは抜本的な解決にならない。根本は、民衆の覚醒であり、正しい哲学を立てるという「立正」から出発した社会変革でなければ、真の安穏は実現しない、との警鐘だった

 「立正」は「破邪」と表裏一体。夢幻に誘う思想を打ち破り、一人一人を“投げやり”から目覚めさせていく――私たちの言論戦にこそ、「立正安国」の実像がある。(糀)

2010年3月9日 名字の言 聖教新聞

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