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熱い思いも、黙っていては伝わらない。語って初めて相手の心を揺さぶる・・・2009年8月31日 名字の言   

2009年 08月 31日

 タンゴダンス世界選手権が23日から31日まで、アルゼンチンのブエノスアイレスで開催されている。日本でも先月、アジア予選が行われるなど今、世界的ブームだ

 この世界選手権の優勝者に贈られる賞が「民音賞」。遠く離れた南米の地で、なぜ民音? 実は民音は1970年から毎年、本場のタンゴを日本に紹介してきた。冠は40回を数えるシリーズ公演への感謝の証しなのだ

 回を重ねているのには理由がある。来日した巨匠が民音創立者の池田名誉会長の哲学に深く感銘する。帰国後、その感動を、別の巨匠に語ると、来日の希望が寄せられる

 1989年に公演したオスバルド・レケーナ氏は“トインビー対談”を読み、そこにあふれる人類愛に胸を熱くした。その思いを、タンゴ界の友に語った。芸術を民衆の手に取り戻す!――創立者の心に触れた共感の輪が、こうした数々の芸術家によって、地球の反対側で広がっているのだ

 熱い思いも、黙っていては伝わらない。語って初めて相手の心を揺さぶる。タンゴの巨匠プラサ氏が語っていた。「タンゴとは、歌い、踊り、演奏すること。それ以上に、感情を表現すること」。明年の学会創立80周年へ、「いよいよ!」の決意で創価の人間主義を語り抜こう。(葉)

2009年8月31日 名字の言 聖教新聞

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く「今」できることはすべて成し遂げる、自らの手で時代を創造していく・・・2009年8月30日 名字の言   

2009年 08月 30日

 大変だと思ったことが、後から振り返ればたいしたことでない場合がある。反対に過去を振り返った時、その時は気付かなかった重大な変化を発見することがある――。この「時間の遠近法」を用いて研究を進めたのが、歴史学者のトインビー博士だ

博士は“未来の歴史家が現代をどう位置づけるか”という観点に立って考察した(『試練に立つ文明』社会思想社)。今日という日が、どれほど大切な日であるか。それは“未来の視点”から眺めるとより鮮明になるものだ

 仏典には「未来の果を知らんと欲せば其の現在の因を見よ」(御書231ページ)と。未来を開く「今」の重要性を強調している

 かつて池田名誉会長は、「今まで生きて有りつるは此の事にあはん為なりけり」(同1451ページ)の御聖訓を拝して語った。「『今この時』に、死力を尽くして悔いなく戦い切ることだ。その名が、後世に『広宣流布の闘士の鑑』として輝いていくのである」と

 今日を悔いなく戦い切る。今できることはすべて成し遂げる。「私はやり切った!」と、すがすがしく大満足の万歳を叫べる人こそが人生の勝利者だ。私たちは歴史の傍観者であるよりも、時々刻々、自らの手で時代を創造していく「開拓者」でありたい。(糀)

2009年8月30日 名字の言 聖教新聞

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金字塔、だれもが不可能と思った状況を克服した人間の“勝利の記念碑”・・・2009年8月29日 名字の言   

2009年 08月 29日

 江戸時代。全国各地の名所案内集というべき「図会」が、次々と作られた。現在の大阪、兵庫を描いた『摂津名所図会』は9巻12冊の大作

 最初に登場するのは、大阪・住吉。旧暦の桃の節句のころ、住吉の海岸が潮干狩りを楽しむ人々で、大変な賑わいだったこと等が描かれる。また、この時季は潮が遠くまで引くので、干潟を歩いて、尼崎までわたることができたという。人々は「歩行者天国」のように、海辺に沿って、楽しく語りながら、兵庫と大阪を往来した

 図会には、琉球(沖縄)からの船が大阪の港に到着する様子も。思いのほか、大きく豊かな交流が築かれてきたのだと驚く

 歴史に向き合う時、新しい発見に心が弾む。それぞれの時代、それぞれの地域に、民衆が行き交い、躍動した歴史がある。現代の私たちの行動も、後世の人が心を弾ませる「歴史」として残したいものだ

 学会には「大阪大会」「東京大会」など、正義のために戦い抜いた民衆史が光る。その意義をかみしめる時、前進への大きな力がわく。池田名誉会長は「歴史にそびえる偉大な金字塔は(中略)だれもが不可能と思った状況を克服した人間の“勝利の記念碑”である」と。民衆勝利の金字塔を築くため、きょうも走り抜きたい。(立)

2009年8月29日 名字の言 聖教新聞

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「断じて負けるな!」励ましの力というものが、これほど心強いものか・・・2009年8月28日 名字の言   

2009年 08月 28日

 ニュースで流れた映像は、見覚えのある風景だった。山口県で豪雨災害があった先月下旬。広島県の男子部員は、友人宅のすぐ近くだと気付いた。これまで何年にもわたって、本紙の切り抜きを持って訪ねては励ましていた友人だった

 連絡がつくと、山口に急行。友人は片付けに追われていた。「見ての通り家はメチャクチャ。でも、これがあったから頑張れた」と。手渡されたのは、泥で汚れた本紙の切り抜き。「断じて負けるな!」との文字が見えた

 「負けるな」との言葉が、友人の心の支えになっていたのだった。阪神大震災(1995年)での、わが同志の奮闘を思い起こす。青年部のバイク隊は、寸断された道路を縫って、救援物資を届けた。自らが被災しながらも他の被災者を励ます友もいた。学会の会館は地域の避難所に。不眠不休で、その運営に当たった友も

 甚大な被害。多くの人が呆然とするしかなかった中で、学会の同志は、やむにやまれぬ思いから「友のために」と行動した。その姿に「励ましの力というものが、これほど心強いものかと実感しました」と、被災地の友も口を揃えていた

 「負けるな」と励ます人。励ましに応え立ち上がる友――ここに、わが学会の誇るべき麗しい絆がある。(奨)

2009年8月28日 名字の言 聖教新聞

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勇気をもって自分と向き合い、きょう一日のなすべきことを明確に・・・2009年8月27日 名字の言   

2009年 08月 27日

 この夏、映画にもなった新田次郎氏の小説『劔岳 <点の記>』。明治40年(1907年)、舞台は、絶対に登れないと言われた北アルプス立山連峰の「劔岳」。この“未踏”の山頂に臨んだ挑戦者たちのドラマだ

 不可能とされた登頂を可能とした一本の道――それは、だれもが“あの道からは絶対に登れない”と、最初から避けていた道だった。もともと道はあった。道を阻んでいた壁は、無理だと諦めていた心の中にあった。心の変革こそが、不可能を可能にしたのだ

 東京・北総区の女子部では、毎朝、「きょう、自分が挑戦すること」を具体的にノートに書き出し、“諸天を揺り動かす祈り”と共に一日を出発する。強き一念は、明確な目的から生まれる。そして、悔いなく語り抜き、夜には、きょう一日の前進に感謝の唱題を

 祈り動く中で、これまで語れなかった人を味方にした友、4時間の執念の対話で理解を広げた友など、歓喜のエピソードが続々と。池田名誉会長は綴る。「最も手強い壁は、実は心の中にある。ゆえに、勇気をもって自分と向き合い、『自己拡大の戦い』『人間革命の戦い』を起こすことだ!」

 きょう一日のなすべきことを明確に、深い祈りと勇気ある行動で、断じて自身の最高峰へ!(進)

2009年8月27日 名字の言 聖教新聞

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「勇猛精進」勇とは勇んで行動する勇気。猛とは智慧の限りを尽くす執念・・・2009年8月26日 名字の言   

2009年 08月 26日

 横浜・旭区の鶴ケ峰で、大きな石碑を目にした。この地で戦い没した武将・畠山重忠を顕彰するものだ。同区内には重忠ゆかりの史跡が点在。長く人々から敬愛されてきたことを物語る

 源頼朝に仕え、幾多の戦いで活躍。鎌倉幕府の成立にも貢献した。日蓮大聖人も「畠山重忠は日本第一の大力の大将なり」(御書1247ページ)と。当時から傑出した剛勇で名を馳せた

 英知にも秀でていた。奥州の合戦で、2万余の軍勢による強固な守りに直面。巧みな戦術で活路を開き、「思慮すでに神に通ずるか」と讃えられたという(『畠山重忠』吉川弘文館)

 知勇兼備。その原動力は何だったのか。後世の浄瑠璃には“身は離れていても、いつも重忠の心は頼朝のそばにあったからだ”(「出世景清」)とうたわれた。主君に勝利を誓い、そのために全魂を注ぐ。この心意気が、重忠の卓抜した知恵と勇気の源泉だったと言えよう

 広宣流布の戦いも同じだ。勝利を心に固く誓った時、「難局を必ずや転換してみせる!」と勇気がみなぎる。智慧がわく。法華経の「勇猛精進」の深義について、池田名誉会長は「勇とは勇んで行動する勇気。猛とは智慧の限りを尽くす執念」と。勇む心を全身に猛らせ、未聞の歴史を勝ち開きたい。(定)

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対話で励ましを送り、生きる「意味と力」を広げ・・・2009年8月25日 名字の言   

2009年 08月 25日

 8月28日は大文豪トルストイの誕生日。生誕180周年の昨年には文豪の玄孫ウラジーミル氏が来日し、池田名誉会長に「トルストイの時代」賞が贈られている

 新著『トルストイ』を出版した藤沼貴氏(創価大学客員教授)は語る。「(トルストイは)人間の根源にある愛について探求することで、その背後にあるエゴという矛盾に突き当たり、『人間の生に意味と力を与えるものは科学でも哲学でもない。宗教だ』との確信を深めていきます」(「第三文明」9月号)

 人間自身の内なるエゴの激流が、多くの問題を噴出させる現代。そこに正義の対話で励ましを送り、生きる「意味と力」を広げてきたのが学会だ

 「こんな私にも、すごい使命がある! 先輩の激励で、心からそう思えた」とは、苦悩の闇から立ち上がった友。学会には、こうした生命変革のドラマが無数に光る。日本を真に変えゆくものは制度や体制ではない。信仰を持った庶民の力なのだと実感する

 「日本のインテリ層には、『“無神論者”のほうが、信仰者より進歩した人間だ』と考える特有の風潮がありますが、(中略)それがいかに浅い考えであるか」(藤沼氏)。創価の深き民衆仏法運動を、文豪が見たなら大喝采を送るに違いない。(薄)

2009年8月25日 名字の言 聖教新聞

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「壮年部の日」人生も広宣流布の闘争も、総仕上げが最も大事・・・2009年8月24日 名字の言   

2009年 08月 24日

 仙台市の晩翠草堂を訪ねた。詩人・土井晩翠が晩年を過ごした建物で、現在は資料館になっている。晩翠が生前使用したベッドも現存。枕元の高さに目線を置くと、窓の外に、緑の庭が見えた

 「晩翠」とは、冬枯れの時、なお草木が緑色であるとの意(広辞苑)。晩翠の筆名も「冬になっても木々の緑は変わらず、その成熟はじっくりと訪れる」との意味の漢詩の一節に由来する。冬に耐え、じっくり成熟する――東北の壮年部員の姿を思い起こした

 「人の役に立つ研究者になりたい」と20歳で入会。大学教員になるも研究成果が出ない。それでも諦めることなく、信心根本に精進を重ねた。苦節の末、博士号を取得。国立大学の教授に。近年、開発した新技術を世界が注目するまでに。人生の冬を勝ち越え、見事な勝利の花を開かせた

 振り返ってみると、「苦しいときこそ、学会活動に励んだ」という。高い目標を達成するには、自身の境涯を高めるしかない。これが学術者である彼の信念でもあったからだ

 きょう24日は「壮年部の日」。人生も広宣流布の闘争も、総仕上げが最も大事だ。豊富な経験と熟成した人格。壮年部の友ならではの力闘を期待したい。壮年こそ広宣流布の勝敗を決する最終ランナーだ!(城)

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民衆一人一人が力を持つ民衆主役の時代、民衆のエネルギー・・・2009年8月23日 名字の言   

2009年 08月 23日

 戦国時代。堺は、世界的都市として、見事な発展を遂げていた。町を訪れた外国人宣教師は「堺の町より安全なる所なし」「町は甚だ堅固」「此町は(イタリアの)ベニス市の如し」と絶賛した

 その繁栄の因は何か? 強大な権力を持つ領主ではなく、町人たちが合議で町を運営していたから。いわば、民衆を基盤としたからこそ堺の繁栄はあったのだ

 だが黄金の日々は、長くは続かなかった。織田信長は重税を課し、豊臣秀吉は町にめぐらされた壕を埋め、合戦の際に放たれた火によって、町は焼き尽くされてしまった

 堺市は現在、大阪府で2番目の政令指定都市となっている。堺空襲など大きな惨禍にも見舞われたが、不死鳥のように蘇ってきた。町の発展の原動力は、今も民衆のエネルギーであり自治の精神、進取の気性であろう。広布の戦いにあってもそれは変わらない。関西広布史の中にあって、新時代はいつも堺から開かれてきた

 御書には「当世は世みだれて民の力よわし」(1595ページ)と。「民の力」を強めていく行動こそ、日蓮仏法の命脈である。その精神を継ぎ、今こそ我ら創価の連帯で、民衆一人一人が力を持つ民衆主役の時代を築きたい。そこに、それぞれの地域の偉大な発展もある。(立)

2009年8月23日 名字の言 聖教新聞

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無我他彼此「聖教新聞創刊原点の日」声で、活字で、自身の主張を・・・2009年8月22日 名字の言   

2009年 08月 22日

 大阪市立美術館で開催中の福澤諭吉展を観賞した。諭吉は現在の大阪市福島区の生まれで、同市北区に墓所がある緒方洪庵に学んだ。“庶民の都”に縁が深い

 揮毫の右肩に捺す印に「無我他彼此」とあった。「がたぴしなし」と読み、人間関係などの円満さを表している。「我他彼此」には仏教思想が根底にある。あらゆるものが互いに依存し合っている本質を見失い、我と他、彼と此を対立的に見る愚行を戒めている

 諭吉といえば「独立自尊」が信条だが、決して孤立はしなかった。書の左下の落款印(雅号の印)には「三十一谷人」と。「三十一」を1字にすれば「世」(卅と一)になり、「谷人」は“人偏に谷”で「俗」――「世俗」である

 日々、世の人々に交わり、時に導き、近代化を推進した偉人が重んじたのが、「演説」と「新聞」であった。英語の「スピーチ」を「演説」と訳し自ら率先して実践した。日刊紙「時事新報」も創刊。声で、活字で、自身の主張を繰り返し展開した

 間もなく、8・24「聖教新聞創刊原点の日」。スピーチや随筆など、紙上に躍動する池田名誉会長の言葉に呼応し、言論の力を思いっきり発揮しよう。そして、わが使命の舞台で、歴史を開く対話の道を貫き通していきたい。(杏)

2009年8月22日 名字の言 聖教新聞

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