「自我作古」前人未踏の分野に挑め 源流となって、後進の道を開け・・・2008年10月6日 名字の言   

2008年 10月 06日

 150年前(安政5年)の10月、福沢諭吉が江戸で小さな塾を開いた。今日の慶応義塾の始まりである

 建学に当たり、諭吉が重んじたのは「自我作古」の精神。「慶応義塾の記」(『福沢諭吉教育論集』所収、岩波文庫)で、蘭学を始めた先覚者らの挑戦を讃え、「自我作古の業にのみ心をゆだね、日夜研精し寝食を忘るる」と描いている

 「自我作古」とは「我より古を作す」と読む。“まず自分が、前人未踏の分野に挑め! 源流となって、後進の道を開け!”との志である。その通り、諭吉自身、開国前の日本で、暗殺の危険も顧みず、洋学の礎を築き、幾多の大事業を成し遂げた

 広布の開拓も、まさに「自我作古」の精神であった。三代会長と草創の父母が、師弟一体で、ただ庶民の幸福のため、青年の未来のため、「日夜研精し寝食を忘るる」不撓不屈の大闘争で切り開いてきた

 敷かれたレールの上を、ただ踏襲するだけの人生ではつまらない。常に、新しい道を開いていくところに、生きがいもある。青年であれば、なおのことだ

 日蓮大聖人は「浅きを去って深きに就くは丈夫の心なり」(御書509ページ)と。私たちもまた、深き開拓の道を行きたい。それが、広布の丈夫の進むべき道である。(誠)

2008年10月6日 名字の言 聖教新聞

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