いかなる戦いにおいても「守り」「受け身」に回ってしまえば弱い・・・2009年7月28日 名字の言   

2009年 07月 28日

 徳川家康にとって「過ぎたるもの(分不相応)」と、敵将・武田信玄の側近から羨望されたものが二つあった。「唐の頭(=唐牛の毛で飾った兜)と本多平八(=本多平八郎忠勝)」である

 本多忠勝は、家康軍団で「最強」と謳われた武将。重装備で防備に気を使うより、機敏に動き、攻めて勝利を開こうと、軽い鎧を好んだ。戦場に臨むこと五十余度。常に先陣を切りながら、傷一つ負わなかったという(「歴史街道」)

 自軍が全滅の危機に瀕した時のこと。乾坤一擲の敵中突破を図り、家康の本隊を無事に帰還させた。「シ中にあっても活路を開く!」「あくまで攻める」――戦地に身を置き続けた無双の勇士の精神であった

 広宣流布の闘争も同じだ。日蓮大聖人は「権門をかっぱと破りかしこへ・おしかけ・ここへ・おしよせ」(御書502ページ)と。強敵に対するにも「賢者はよろこび愚者は退く」(同1091ページ)と、前へ進む姿勢を貫かれた

 「攻撃することが勝利の要件」「いかなる戦いにおいても『守り』『受け身』に回ってしまえば弱い」とは池田名誉会長。どこまでも折伏精神、攻撃精神で進むことだ。シ身弘法の師に続き、堂々と戦い抜きたい。そして、勝利の道を切り開く勇者でありたい。(薬)

2009年7月28日 名字の言 聖教新聞

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